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2006年2月24日

日本の裏側で

 楽吉左右衛門に出会えて、それまで漠然と考えていた自分の中にある原点が見えてきたような気がしてきた。
 おそらく漫然と日本で過ごしているだけでは、こんな感情には至らなかっただろう。
 特に茶道という分野には二の足を踏んだに違いない。

 今の日本では、茶道に対するイメージは、お嬢様の教養だ。
 たとえ本気でこの世界に関心を抱いたとしても、人目を気にしてしまう自分を想像してしまう。抵抗する部分が生まれてくるのは否定出来ない。
 
 しかし、日本の裏側にあたるここアメリカでは、そう言った無意味な抵抗がない。素直になれる。

 ただ日本でも茶道の世界に触れる機会はあった。

 学生時代。

 研究室で旅行に行った折りなど、たまたま旅先で茶室に巡り合わせた時、恩師がその場でお茶を点ててくれた。

 また、やや不純な動機もある。
 惚れた女の気を引くために、彼女の自宅で開かれている定期的なお茶会に、招待もされずに混じって座っていた。

 アメリカで楽に出会った頃はすでに30を過ぎてはいたが、それまで多少なりとも、茶道とのかかわりは持ち合わせてはいたのだ。

 それにもう一つ、いわゆる「禅」に関心を持つきっかけが日本にいた頃あった。

 その時代、今日「もの派」と呼ばれる現代美術のムーブメントが起こっていた。
 その代表的存在ともいえる李禹煥が書いた書物、「出会いを求めて」という本は、当時、美術をめざす学生のバイブル的な存在であった。

 李がめざす芸術とは─素材を無理な加工をせず主役としてインスタレーションをするもので、ミニマリズムにも通じるものだった。その李が提唱する運動の基盤に「禅」があった。

 アメリカで生活してゆく中で、これらが互いに混じり合い、ミキサーの中に放り込まれ、回転していった。

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