February 14, 2006

シリーズUNTITLED②

 アメリカ滞在中、週末には近所の教会に通っていたのが私の中にある祈りのかたちを引き出すきっかけとなった事は前にも書いた。

 百年の歴史を持つという近所のその教会。天空から差し込む太陽の光がステンドグラスを透過し、美しいハーモニーを奏でている。

 見上げるばかりの高い天井。
 正面には、重厚な存在感を放つパイプオルガンのオブジェが、古びた真鍮の輝きを放っていた。
 素直に祈りの心と対面出来る空間がそこにはあった。人類が神へ捧げた一途な気持ちに、今まで気にも留めていなかった美の出発点を発見したような気がした。

 しかしきっかけは教会であったが、私の中にある祈りの原点は九州の生まれ故郷にある。異国の中で自己の内面を再発見することになった。それが岩肌へと結びついている。

 帰国後、様々に模索しながら岩肌と線による祈りのかたちを追求して行った。

 下の写真は1989年日本で鋳造し、アメリカの雑誌に掲載したUntitledシリーズの作品である。技法は蝋型鋳造によるもので、シリコンブロンズを使用した。
1989_work.jpg
作品タイトル:「Untitled(Susobana Valley-1)1989」
制作年月日:1989年8月
展示場所:上山田文化会館 ホワイエ
長野県千曲市上山田町
展覧会名:鋳金工房「鋳」展
スケール:260mmx560mm
素材:シリコンブロンズ

投稿者 hkimura : 07:59 PM | コメント (0)

February 13, 2006

シリーズUNTITLED

 玉砂利から始まった祈りの原風景が、紆余曲折の末石板となった。石板の肌の自然のテクスチャーと、私の加えた線による造型とのコラボレーションによって表現したのがUNTITLEDシリーズの始まりだった。

 下の写真は、このシリーズの始まりとなった、石肌と波打つ動的な線による痕跡とのコラボレーションで、アメリカで鋳造したブロンズ作品である。
1987.jpg
作品タイトル:「untitled-1987Ⅱ」
制作年月日:1987年4月
展示場所:Extension Gallery
60 Ward Avenue Extension
Mercerville,NJ 08619
展覧会名:「HITOSHI KIMURA」
スケール:305mm x485mm
素材:シリコンブロンズ

 アメリカ滞在中、しばらくこのシリーズを行った。1987年5月、帰国する前にお世話になったジョンソンアトリエのギャラリーで、このUNTITLEDシリーズを発表した。(作品写真は近々ウエブ上にアップする予定。) 

 ミニマムな造型行為としての線。石肌は自然を象徴する。人と自然の出会い。神が生まれる背景に両者の関係がある。

 人はこの世に生まれ、やがて死を向かえる。

 地球もまた、宇宙に生まれ消滅する運命を背負っている。

 人の生のサイクルは地球のサイクルに比較すればはるかに短いが、互いに消滅に向かい進んでいることには変わらない。どちらも時間という運命のサイクルを持ち合わせている。

 人間はたまたま縁あって地上に生まれ、この地球のサイクルに身を任せている。
 今私が過ごしているこの時間は、地球という大きなサイクルと、私という小さなサイクルとの偶然の出会いが作り出したものなのだ。

 しかしこの出会いは長くは続かない。

 この出会いは宇宙の壮大な時間に比べれば瞬時であり、あっという間に消えてゆく。
 
 躍動する線を使ったのは瞬的なこの貴重な出会いを表現。
 また、勢いあるものにしたのは、位置が定まらず絶えず悩み、揺れ動く人間を表し、静的な石と対比している。

 祈りの要素がここに絡む。

 このシリーズは帰国後1995年まで続いた。

投稿者 hkimura : 01:32 PM | コメント (0)

February 11, 2006

石板を原型に

 石板。 
 
 すなわちスレートは石材店の主な商品だと言える。

 道路に敷き詰めたり、建物の外側のデコレーションなどに盛んに使われるからだ。
 岩石の種類によっては断面の模様や色合いが異なり、そういったパターンの美しさや違いを楽しんでいる。

 石材屋を見つけた時、ずらりと並んだパネル状の石の板を見て圧倒される思いがした。と同時に、いわゆる日本で見かける、自然のまま山から運んできたような大きな岩などはどこを見ても見あたらない。

 玉砂利をあてに入った私は、失望するのにさほど時間はかからなかった。

 ここはアメリカだ。

 現地でごく自然に手に入る素材から取り組んでみることも大切なのでないか。

 大きな石板を適度な大きさにカットしてもらい、さらに短冊状に細かに切断してもらう事にした。かたわらに落ちていた石版の破片もついでにいただいた。


 私の主たる作品の表現技法は以前にも述べたとおり、「鋳金」だ。

 「鋳金」というのは金属を溶かして鋳型に流す作業のことを言い、いわゆる鋳物のことである。同じ金属で表現する「鍛金」や、「彫金」とは異なり、最初から金属を扱うことはない。
 初めのうちは鋳型を制作することに全精力を使う。
 金属を手にするようになるのは、鋳型の中に鋳込まれ、中から固まった金属を取りだしてからはじめて行う作業だ。
 
 従って、鋳金の場合、金属加工のジャンルではあるが、金属を直接さわりながら加工してゆくのは、実に全行程の後半4分の1程度なのである。主な作業はそれ以前に行う鋳型を作る作業や、鋳型のもととなる原型を作る工程で占められる。

 私は鋳型を、切断してもらったスレートを手にしながら蝋原型にいたるまでの製作プロセスを頭に描いていた。

投稿者 hkimura : 08:06 AM | コメント (0)